あなたの話が聞きたい。どうしても。


このエピソードから

約10年後のことです。




教師になって

10年以上経ち、30代。

私も中堅どころになりました。

勉強サークルで

出会った先生方とは

自分の授業のビデオを郵送したり

教材研究した発問を

メールで送ったりするなどして

交流を続けていました。

いただいた感想やアドバイスは、

まさに、金以上の価値。

それを元に、

また学級経営や授業を

見直したり、

検討したりして




充実した学びを

させていただいていました。

が。

そんな、貴重な学びの中でも

頭をよぎるのは

どうやったら、




あの先生方のように

どの子も

どの子も

生き生きとした姿で

授業中に、活躍させられるのか。

と、いうこと。

もちろん、

専門職としての「技能」を

磨くのは、大前提として

その先生方が言われていた




「意識」の使い方ってだけで




こんなにも、違うものなのか。

一足飛びに

あんなクラスはできないとしても

これから何年、かかったとしても




私に

たどり着くことができる

領域なのか、、。

そんな果てしない道に

気が遠くなりながらも

日々の実践の中での

子どもの変化や

成長が感じられるのは

楽しく、やりがいもありました。

そんな、ある日。

2年生の

国語の授業中に

それは、起きました。

ある物語を読んで

それについての自分の考えを




子どもたちが、発表している時。

突然。

本当に突然に。

ある女の子が、つまりながらも

自分の言葉で発表している




まさに、その最中に

「聞きたい。

 この子が言おうとしていることが。

 どうしても。聞きたい!」

という気持ちが、

私の内側から




ぐわっと、

湧き上がってきたのです!

声の大きさも、気にならない。

時間なんて、関係ない。




ゆっくりでいい。

つたない表現でもいい。




周りの子どもが

聞いてなくても、構わない。




そこに注意を向けるのも

もったいない。

いま、大事なのは

勇気を出して

発言しようとしてくれている

この子。

あなたは、何を伝えようと

してくれているのか。

何を思って

何を感じたのか

「聞きたい。どうしても!」

こんな気持ちになったのは、

初めてでした。

今までは

時間を気にしたり

正解を気にしたり




どれだけの子どもが発表したか

バランスを気にしたり

研究授業や参観日なら

どれだけたくさんの子どもが

手を上げたか 

などを気にしていたのに

この瞬間

そんなの どうでもよかった!

もしかして

私が出会った、先生方が

「全てこちら(教師側)の意識にかかっている」

と言われていたのは

こういうことだったのか!

「自分がどれだけ 

 心の底から

聞きたいと思っているか。」


それだけだったんだーーー!!

「うちのクラス、大人しくって全然手が上がらないのよー。」

「声が小さくって。」

「周りの子が全然聞かないのよねー。」

「どんな発問したら 子どもが云うようになるんだろ。」

「あのクラスは もともと、育っていたから。」

そんなことばかり

ぐちぐち言って




本気で「聞きたい。」

と思っていない先生に




そりゃ、子どもも、

言いたくないわなー

研究授業や参観日に

一時的に、活気付いたように

見えたところで

ただの

パフォーマンス( ;´Д`)




大事なのは

フリじゃなく




私が、心から




「あなたの話が聞きたい。どうしても。」



と、思っているかどうか。

「どうやったら、子どもが発言するようになるでしょうか?」

その、10年前の自分の問いに

答えるとしたら

「あなた(先生)は、どれだけ聞きたいと思っていますか?」


ですね。



この気づきは、私にとって

本当に大きく




根っこから、何かが

変わってしまう感じでした。

今まで10年間

何してたんだろって

ショックも、大きかったけど

私だったんだー!

そういうことだったんだ!ーって

とっても嬉しくて😆

さっそく

いつもやり取りしている先生に

メールで送ったところ

返信が、また

衝撃的でした。

「おめでとう。これがスタートです。」

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