母のアバターコース 最終回 自分の態度1つで世界は変わるってこと!


2007年 最初のプロコースで

その時人生で最大に抵抗していたことを扱って

寿命が延びたと感じた話 

→ 「人生における抵抗からの解放」

そんな私を見て

「何か 娘がピカピカしとる!」

と感じた母が

アバターコースを受講することになるまでの話

→ 「変われるものなら 私も変わりたい」

アバターコースに来た母が

1日目のワークで父とのことを扱い

いろんな思いが溢れた話

「母のアバターコース① お父ちゃんだけが褒めてくれなかった」

アバターコースと初孫のお宮参りが重なって

母が最後まで受講できるように

弟に本気メールを出した話

「母のアバターコース② 弟へ送ったメール」

母がコースに行ってしまった後の 岡山の父。

→「母のアバターコース 番外編 みんなの心配は料理だった件」

たとえ職場を変わったとしても

内側を変えないと

前と一緒のことが起こると言う話

「母のアバターコース③ 逃げても 逃げても 離れられない」

2、3部に進んだ母の様子をメールで弟に知らせる日々

「母のアバターコース④ シフトする意識」

マスターの方達の

慈しみたっぷりのケアとサポートで

ついに母がアバターになりました💕💕💕

アバターコースで

正直に自分の内側を探求した母は

父との新しい関係を築くために

ずっと言えなかった思いを話すことを決めました!

すごい勇気!!

ドキドキする〜😆

そのために私と帰宅時間をずらし

一足先に岡山に帰った母。

そこでどんな話がされたのかは

2人だけのことなので

詳しくは聞いていないのですが

後で母から聞いたところによると、、。

初めて作った白菜を褒めてもらえないどころか

「そんなのまぐれじゃ。」

と言われたことに 

ものすごく傷ついたことを伝えた。と。

そしたら父は

「そんなの覚えとらん。」

って言ったらしい。

そこで

ずっと恨みを抱えていた母は

お、覚えてない!?

って 脱力したんだけど

それでまた腹を立てるのではなく

「あー 言えてスッキリした✨✨」

という気持ちになったそう。

父が謝る、謝らない

相手がこうだからー

というのは関係なくて

正直な気持ちを伝えることができた自分に

思いっきり 💮 をあげた感じになったみたい💕

これからは 

お父ちゃんに頼るもんか!

って意地になるのをやめて

1人で抱え込まず

わからないことは聞いたらいいし

できないことはやってもらったいい。

自分1人でやる必要はないんだな〜

って ゆるんでた。

いつでも

自分の態度1つで 

世界は変わるってことね!!

もうすっかり源になっている母は

その勢いのまま

「で。私、今月末からアメリカ行くからー🇺🇸✈️」

ってさらりと 父に話し

準備万端。すげーな😆

さて この出来事を

父の視点で見てみよう👀

「2日間で 帰ってくるから!」

と言って 出て行った母が

結局9日間帰らず

その間 近所の人にあれこれ聞かれて

困った日々を送って

母が帰って来たかと思えば

開口一番 

40年前のことを持ち出され

言いたいことを言われた挙句

話の最後に 

「今月末から アメリカ行くから🇺🇸✈️」

って トンデモ計画を発表されるも

止める理由も術もなく

「お、おう。」と返事するしかない状況。

でも 快く(かどうかは分からないけれど^^;)

送り出してくれました。